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台湾のお茶について

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  私は台湾での 20 日間の滞在を通して、台湾のお茶文化の豊かさに驚かされました。台湾のお茶は、その歴史の深さや種類の豊富さ、そして伝統的なお茶の淹れ方など、非常に奥が深く、日本のお茶文化と比べてもかなり豊富だと感じました。 特に印象に残ったのは、台湾のお茶は少し甘めの物があったりするので私には少し苦手なものもありました。しかし、台北のお茶屋さんで無糖のお茶を試した際、「東方美人」や「凍頂烏龍茶」、「茉莉花茶」など、とても気に入るお茶に出会いました。これらのお茶は、香りが繊細で味わいも深く、特に無糖のお茶ならではの苦味が私は非常に気に入りました。                    写真1   中山駅付近で購入した東方美人 (2024/8/5)                      写真2  東郷大学の寮の自販機に売っていた甘い緑茶  (2024/8/5)                      写真3  中山駅付近で購入した 茉莉花と緑茶のミックス (2024/8/13)                 写真4  授業でのお茶についての学習 (2024/8/5)   また、台湾ではお茶が日常的に日本以上に親しまれており、街中には数多くのお茶専門店が並んでいます。さらに、語学の勉強を活かし、現地の言葉でお茶を注文する経験もできました。台湾での滞在は、文化や言語を通して多くを学び、とても有意義な時間を過ごせたと感じています。

セネガル:セネガルの子供の娯楽事情

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  僕は今回の海外短期フィールドワークの調査テーマを娯楽にしました。 調査のテーマを娯楽にした理由は、僕自身が遊ぶことが大好きだったからです。僕自身が子どもの頃は、鬼ごっこやサッカーなどの外遊びが多かったですが、近年の日本はスマートフォンの普及率やゲーム機器の普及率が昔と比べて高く、室内で遊ぶ子供が増えています。 そこでセネガルの子供たちは何をして遊んでいるのか、また、室内でゲームなどをして遊ぶ子供はいるのか気になってこのテーマで調査をしました。 セネガルに到着して調査をする中で、セネガルの子供たちは外遊びをしていることが非常に多く、ボール一つあれば遊べてルールもわかりやすいサッカーは非常に人気でした。 また、モスクに行って子供たちと遊んでいるときに、スマホのゲームを遊んでもらいましたが、操作方法が分からず楽しめていない子や操作方法が分かっていてもそもそも楽しくなさそうな子供たちがいて、体を動かして遊んでいるほうが楽しそうにしている子が非常に多くそのような理由から外遊びをしている子が多いという風に感じました。 もともとセネガルは、子供に対するスマホの普及率が低く、サッカーが有名ということもあり、外でサッカーをしている子供が多いイメージを持っていました。しかし、実際に現地に行ってみて子供を観察してみても、外でサッカーなどをして遊んでいる子供ばかりで、子供たちの主な娯楽が外遊びということが分かりました。 藤原匡志

セネガル:セネガルのモスク

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セネガルは人口の 95% がムスリムです。実際にセネガルを訪れてみると、街のあちこちにモスクが見られ、数字だけでなく、風景からムスリムの国であることを実感しました。 私が「モスク」の存在を知ったのは高校 3 年生の時でした。兄の影響で海外に興味を抱いていた私は選択授業で「世界の文化」を選択しました。世界の文化では様々な国の料理を作ったり、映画を観たり、世界一周した人にお話を聞いたりして、自分には凄く合っていて毎週金曜日が楽しみでした。なにより私の人生のキーパーソンとも言える「ひね」という人物がいます。ひねは「世界の文化」を担当していた外部の先生で、毎週金曜日に会っては日々刺激を受け、私はひねに憧れを感じていました。そんなある日、ひねがいきなり「小樽にあるモスクに来週行くからよろしく」と急遽伝えられました。ひねがなにを言っているのかさっぱり分からず頭の中は、モスクってなんだ。と?が募っていきました。 不安を残しつつモスクの日がやってきた。「イスラーム」という名前は知っていましたが、中に入ると私の知らない世界がたくさん広がっており、言葉を無くしたのを覚えています。その日は礼拝が終わっており、モスク見学とご飯をいただき終了しました。帰ってからも忘れられず、自分で調べたりして興味を深めていきました。 京都精華大学に入学しセネガルに行くことをひねに伝えると羨ましい限りと言われ、簡単に行ける場所ではないことや、費用面でも安いものではありません。しかし、自分が今好きなことに自由にできることへの感謝などを改めて感じ、このセネガル短期フィールドワークを無駄にはしないという固い意志が生まれました。 実際に初めて礼拝を見たのはセネガルに行く途中のエチオピアのアジスアベバの空港の中でした。下に絨毯のようなものを引き、礼拝をしている人たち。これからこの光景が当たり前になるのかと胸を躍らせ次の飛行機に乗り込みました。 セネガルに到着し、数日が経った 8 月 28 日。ついにイスラームに関わることが起こりました。チューターとして参加されていた、モル( Mor )さんとが礼拝をするということで実際に私も隣でやらさせてもらいました。まず礼拝の前にお清めをするウドゥ(洗浄)というものを体験しました。手、足、顔など定められた順序で洗います。その次に礼拝です。隣の人と足の小指同士を合わ...

セネガル:子ども

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  今回のセネガル滞在で僕がテーマにした内容は「子供」です。子供に関して僕が抱いていたイメージは、幼い頃に見たユニセフの100円でワクチンが作れるという広告が印象深く、彼らは貧しく、観光客を見つけたら物乞いをして生活していることをイメージしていました。しかし、実際にセネガルに足を運んでみた子供たちは全く異なっていました。  プログラムの中でセネガルの伝統的料理「チェブジェン」を教えてもらう、というものがあり、バさんのお宅を訪問した時のことでした。チェブジェンを作るには、 6 時間近くかかります。料理の待ち時間に、家の外にでてみると、外で遊んでいる子供達がいました。 彼らに挨拶程度で手を振ってみると、サッカーボールを蹴ってパスしてきて戯れ合いが始まりました。初めはお金を求めているように思えましたが、だんだん町中の子供達が集まってきて遊びを単純に楽しんでいることが分かってきました。サッカーが好きな子が多く、フランス語やウォロフ語がわからなくても、有名なサッカー選手の人たちの名前やゴールパフォーマンスを一生懸命伝えてくれたりしました。 こうして一緒のサッカーをしていると、次第に仲良くなり、中には、普段あまり見ないカメラに興味津々で、自分に撮らせて欲しい、とジェスチャーしてくる子もいました。その一方で、年長の子はほとんどスマートフォンを持っているのも印象的でした。このような光景を見ていると、そこまで食べることに困っているように見えず、こうしたことは、実際に足を運んで現地で行ってみないとわからなかったように思います。 井上郁

セネガル:子どもがあふれる途上国セネガル

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写真1 ダカールで物乞いをする子どもたち 写真2.どんぐりガムがほしい子どもたち 写真3.突如はじまった腕相撲 写真4. クルアーン学校で子どもたちが描いてくれた似顔絵 写真5.みんなカメラ大好き  人生初めての海外、セネガルは刺激を得るには十分すぎるほどでした。これから足を運べる範囲内でどこの国へ訪れても、その国での感動や衝撃がセネガルでのそれを上回ることはないのだろうと感じるほどでした。  このプログラムは、自分の興味のある行先とテーマを決め、それを探求していくことでした。私は、行先をセネガルとしたのですが、「子ども」に興味を持ちました。セネガルで過ごす中で現地の子どもたちと関わることが多く、そこで一番刺激を受けました。セネガルにはとにかく子どもが多く、少子高齢化社会の日本では考えられない風景でした。元のテーマに「結婚」が入っていて興味があったので、関連付けて【セネガルの子どもたちの現状とその多さの理由】について調べることにしました。  セネガルの首都ダカールで出会った子供たち(写真1、2、3)は、学校が夏休みということでみんな集まってサッカーをしていました。見慣れないアジア人に興味津々ながらも遊びに混ぜてくれて、土まみれになりながら一緒に遊びました。子どもたちが、スマホやゲームではなく外で体を動かして遊んでいる光景が、今の日本と相反していて懐かしく嬉しかったです。近所の有名人らしき女性が袋の水を配りに来ると、子どもたちはそれを取り合いながらも分け合って給水をしていました。セネガルの人は分け合いや助け合いを大切にしているそうです。  その次に子どもに接したのは、都会から少し離れたサンルイの子どもたち。ホテルのそばでは、我々が観光客でありお金を持っているという認識をされたようで、子どもたちに物乞いをされました。物乞いをする子どもたちは、クルアーン学校に通いイスラームを学んでいる子たちたちだそうです。我々の食べ残しもクルアーン学校の子どもたちに分け与えられ、ましてや捨てるなんてことはあり得ないことだそうです。  ここで出会った子どもたちはダカールで出会った目のキラキラした子どもたちと比べて、目には光がないように感じられました。物乞いをされる経験は日本でしたことがないので動揺してしまいました。何かを渡しても混乱が起こった...

フィリピン:平日の生活

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 セブ島にきてから2週間が経ち、こちらでの生活にも慣れてきました。  朝から夕方までは授業があるので基本学校の中にいるので自由な時間は夕方の 5 時くらいからです。 写真1.授業レッスン(撮影:2024年8月)  授業が終わると部屋に戻ってきてみんなでモールに行くか近くのご飯屋さんやコンビニに行く事が多いです。  なので、夕食はモールの中のお店などで済ます事が多いです。最近は朝も昼もフィリピン料理で日本食が恋しくて日本料理のお店やラーメン屋さんを探して食べにいっています。 写真2.セブ島のラーメン屋さん(撮影:2024年8月)  あと身の回りのことだと洗濯の曜日が決まっているのですが、授業の時間などで間に合わない事が多くて近所のコインランドリーによく行っています。先生とも仲良くなり学校のことや美味しいお店なども教えてくれるので充実して過ごせています。  海や観光に行くには土日じゃないと厳しいですが、学校からのツアーもあっていろいろな体験ができます。  僕たちもオスロブのジンベイザメと泳げるツアーにいきたかったのですが定員オーバーで行けなくて残念でした。 写真3.学校の食事(撮影:2024年8月)  残り1週間もないですが授業とフィールドワーク頑張っていきたいです。 しゅうじ

フィリピン:外の世界

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  僕たちはフィリピンのセブ市にあるGLC校に3週間行ってきました。僕は、日本で生まれ日本で育ったので、フィリピンに初めてきて衝撃がすごく大きかったです。  フィリピンにいる間中日本が恋しかったし、できるだけ早く日本に帰りたかったです。  フィリピンについたときは、夜だったのですが、空港から出た瞬間フィリピンのかおりがしました。よくはない香りでした。匂いが印象的過ぎてあまりほかの事はおぼえてないです。唯一覚えてることは道路が滑走路みたいに光ってたことです。  一度だけ夜9時ぐらいに、おなかがすいたから近くのスーパーまでみんなでいったことがあるけど、いやな記憶として残りました。  道は暗いわ、動物がなくなってるわ、車は多いわ、たくさんの人が道路の近くで横たわっているわでさんざんでした。日本では、気になったこともない道路が汚い、いやものすごく汚かったです。でも、場所によります。とても。きれいなところはきれいです。  ただ、勝手に日本と比べてしまっただけです。この夜の印象がすごすぎたけど残りのフィリピンは、楽しめました。すこしだけど、世界を知れた気がしました。また学校として、授業としてフィリピンにくるかと聞かれたら、来ないけど旅行としてだときてみたいと思っています。フィリピン人は、たくさんしゃべってくれて良い人がおおかった印象です。